オーストラリアを思い出して

サンシャインコーストへ引越し、新居をかまえたという
アナベラからメールが届いて、

なつかしくなり・・・

アナベラが、私が日本へ戻るときに作ってくれた、
レシピ本を開いてみました。

チーズマフィンや、クラッカー、ケーキの作り方が懐かしくて
あー作りたいなあ・・・と、思ってしまいました。

でも、同じように作っても、小麦が全く違うので、
同じものができないんですよね・・・

オーストラリアの小麦は、とにかく、袋を開けた瞬間から
小麦の強い香がします。

原産国だから、新鮮なのは当然かな。

パンの香も、クッキーの香も、違うんですよね・・・。

ああ、スーパーではまった、ナチュラルのグミが食べたいー。

もっと、雑貨も買っておけばよかった。

と、懐かしんだのでありました。

Anabe

アナベラからの写メール

オーストラリアに住んでいたときの友人が

新居を建てて、写真を送ってくれました。

ひろい。

かわいい。。。

やっぱり。

Toy_room_shelf

Kitchen_2

Origin_1_yay

オーストラリアの思い出

時々、上の子がオーストラリアでの思い出を話してくれます。

「ぼく、オーストラリアでもラーメン食べてた?」

「いろんな色の気持ち悪いお菓子があったよねー。」

昨日は、英語の習い事の日で、
オーストラリアへ同時期に駐在していた男の子と一緒に勉強してます。

2学年上なので、だいぶ英語が上手だけど、
どこか相通じるものがあって、仲良くしてもらってます。

昨日は、夏休みの旅行先でのお土産もいただいて
わが子たちは大喜び。

昨日は、待ち時間の間に、その男の子のお母さんと
いろいろとおしゃべりしてて、
「あー!マーボー豆腐たべたい!って思ってつくったんだよね。」
「私は、ういろう、どうしても食べたくてね、ネットで探して
 小麦粉で作った。」
と、オーストラリア時代を懐かしみました。

そんなわけで、昨晩、
オーストラリアを離れる際に、現地の友人たちが作ってくれた
レシピ本を、ぱらぱらとめくってしまいました。

アナベラの作ってくれてた美味しいケーキ。
ピーカンナッツのコロコロクッキー。

今晩、どうしても手作りお菓子つくりたくて、
うずうずしてます。

帰りはバターやナッツを手に入れて変えるつもりであります。

ケーキにしようかな、、、クッキーかなぁ・・・。

ずっと迷ってます。

来年、オーストラリア行ってみようかな。

お金ためて・・・。

ルーシーのバースデーケーキ!

オーストラリアの友人が、お嬢さんのバースデーケーキを
作ったよ、と写真送ってくれました。

やっぱりとってもかわいい。。。

Cake

James Blunt ジェームズ・ブラント

ネットでジェームズ・ブラントのライブ映像のサイトを見て、
仕事しながらBGMを楽しんでます。

この人の「Your Beautiful」という曲で感動したのは、去年まだオーストラリアに
いて生活していた頃。。。

当時の、ミュージックビデオは華奢で繊細な若者というイメージが表現されていました
けど、このライブ映像見ると、マッチョなお兄さんになっている。。。

でも、やっぱり表情には本来の繊細さを感じさせるものがあり・・・
素敵だわ。

http://msninconcert.msn.com/music/jamesblunt/ja-jp/artist.aspx

最近、オーディオを手に入れようか悩んでます。

良い音楽を聴きたいなあ。

オーストラリアの友人

約2年間生活したオーストラリア。

そこで仲良くした友人が、日本に来ることになりました。

1年ほど、教師として生活するのだとか。

私が、オーストラリアで出産したときも、1番に病院にまで電話をくれて
買出しも手伝ってくれた彼女。

子供の家庭教師もしてもらってました。

もともと、学校の先生なのですが・・・。

とっても楽しみです。

久しぶりに、豪州生活を懐かしんで、また近い将来、
友人たちに会いにいけるといいなあ・・・と思ってなりません。

ほんとに行きたい、オーストラリア。

家庭教師ニッキーからのメール

オーストラリア在住時代に、子供の家庭教師をしてくださっていたニッキーからメールが届きました。

「愛犬が老衰して死んでしまって、すごく寂しい。」

と、本当に悲しみあふれるメール・・1人暮らしをしている彼女がとても寂しがっている姿が想像できて、はげましたいと返事を書いたのだけど・・・やっぱり英語ではうまく書けない。。。

シンガポーリアンの彼女は、先生になるために生まれてきたような女性で、本当に子供に勉強を教えるのが上手でした。
何より、会話上手で、笑わせ上手。

うちでホームパーティするときは、必ずお招きしていた方。

「ホームパーティ」というのも懐かしいなぁ、日本に帰ってきてから1度としてしてないけど、オーストラリアいるときは、よくしてました。

パーティになると、英語が急に流暢に口から流れ出る、なんてこともあったけど、最近はめっきり英語と触れてないので、だめです。。。メールさえうまくかけない。。。

そんな私でも、夕方のニュースと夜のニュースは二ヶ国語放送で英語に切り替えてきいているんですけどね。ちいさな努力です。

でも、それさえ子供達にさえぎられて大半きけません・・・

子供たちは大きくなったよ。
上の子は意外にセンシティブな子になり、下の子は歩きはじめ、強くてタフでヒステリックです。私たち大人は、典型的な「忙しい日本人」してます。

そんなことを近況報告してみたけど、去年の今頃を思い出して、ゆっくりと時間の過ぎるオージー生活を懐かしんでしまいました。

ミセス・ケイからのおくりもの

20060806_137_1 昨日、家に帰ったら思いがけない郵便物が届いていました。

子供が通っていたプリスクールの先生だった、ミセス・ケイから、わが子が当時マジックでデザインしたマグカップと、友人たちの写真のたくさん入ったCD、そして近況報告のお手紙。

オーストラリア人の中でも、幼児教育について、もっとも仕事に責任感が強くて働き者だったミセス・ケイ。
尊敬していました。

私が日本へ帰る前日、子供のクラスメイトの写真を数十枚使ってメモリアル・ムービーを作り、残っていたDVD30枚くらいに焼き付けて、「クラスの子供達にあげてください。」と渡しに行った時のことを思い出しました。

「あなたという人は。。。1人で引越しに大変だったでしょうに・・・。」

といって、しっかり抱きしめてくれたのを忘れません。

実を言うと、確かにとても大変だった。。。のですけど、最後の最後。
子供と、私の、海を越えた友人たちに、わが子のこと、私たちと懇意にしていただいたことに感謝してましたし、わが子が友人としていたことを忘れてほしくなかった・・・きっと将来、また出会える日があるから・・・と作ったのでした。

ミセス・ケイの手紙には、あたたかな言葉が並んでいて、半年前まで住んでいたオーストラリアが恋しくなりました。

そういえば、時おなじくして、近所のアナベラからもメールで写真が届いてた・・・。

私たちのことを覚えていてくれて、、、本当にありがとう。